子供の美容整形は正しいか—美容整形が子供にとって魅力的な理由—

  • 2025年9月11日
  • 2025年9月11日
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最近、子供が美容整形の手術を受ける例が増えているという。

美容整形の医師によると、「整形の低年齢化がここ数年で進んでいて、小学校高学年くらいから整形を考える子どもが増えている」らしい。そして、実際に、「脱毛」、「脇のにおい」、「唇をM字の形にする」といった施術が事例としては多いという。他にも、二重整形や涙袋の形成をする人もいるとのことだ。[1]

前提として、大人が整形することは、個人の自由であると考えられている。だが、子供の整形に関しては、賛否両論あり、議論になっている。

では、なぜ、子供の整形が議論になるのか?大人の整形とは何が違うのか?そして最後に、整形が子供にとってなぜ魅力的であるのか?

その本質的な理由について考える。

 

子供の整形に対する擁護

最初に、子供が整形をすることを擁護する意見としてありうるものを挙げていく。

まず、コンプレックスを持つことはつらい。そして、それが子供の社会においてであれば、なおさらである。学校において、見た目が原因で辛い思いをすることもありうるだろう。そんな子供に対して、整形はしてはいけないと言うことは、子供の辛さを理解していないといえる。「子供が辛い思いをしないために、できる限りのことをするのが親の役目だ」と考えるならば、整形手術を受けさせることは擁護できるだろう。

また、思春期の子供は周りの目が気になるものである。周りの目を気にして、引っ込み思案になったり、毎日長時間かけてメイクをしたりすることもあるだろう。このように、自分のコンプレックスを気にしてしまうことが、子供本人にとって、さまざまな損失をもたらしうる。としたら、整形をすることが、本人にとって得であると考えることもできるだろう。

そして、子供であるがゆえに、見た目を過度に気にするということが、正しいことなのかを判断することが難しいといえる。見た目を過度に気にすることは、いわゆるルッキズム的な価値観であり、「この価値観をもつことが正しいのか」、「自分にとって望ましいのか」、を考えるには、まだ未熟である。

以上のような子供の整形に対する擁護の意見は、どれも根本的には子供の「未成熟さ」を肯定の理由にしているといえると思われる。そして、その未熟さは、整形を望む子供自身にもあるし、その子供を取り巻くまわりの子供にもある。

では、「未熟」や「成熟」とはそもそも何か?子供と大人の違いとは何か?

 

「大人になる」とは何か?

子供の未成熟さの特徴

整形を擁護する理由である未熟さとは、具体的には、「周りの目を気にする」や「見た目で人をいじめる」といったものである。これは、大人においてもあることだが、子供の未熟さにおいて顕著なものである。

これを抽象的に言えば、他人や社会の価値観によって、自分が否定されていると感じること、あるいは、自分や社会の価値観を相手に押し付けることであるといえるだろう。

こういった未熟さによって、「自分は〇〇でなきゃいけない」や「あなたは〇〇だからダメだ」という強迫観念が生まれるのである。

これはつまり、自分と他人が別の人間であるということを十分に理解しておらず、自分を他人の延長線上で考えてしまっているといえる。言い換えれば、自分と他人を同じ人間として考えているがゆえに、同じ価値観を当てはめているのである。

成熟した大人の特徴

こうした自他の区別、あるいは違いの理解をし、論理的にだけではなく、心から自分は他人とは違うのだと納得することが、成熟の一つの条件だろうし、「大人になる」ということであると思われる。

重要なのは、心からの納得である。頭での理解と心からの納得は異なるものである(参照)。自分と他人が違うことは、誰だって頭では理解している。だが、その他人の意見・価値観に対して、冷静に、「これは自分とは違う意見だ」と距離をとることは簡単ではない。

今回のテーマで言えば、他人が自分の見た目について何かを言ってきたとしても、それにすぐに感情的に反応するのではなく、それは自分とは違う他人の価値観であるとして、一旦距離をとって、本当にそれが正しいのか(社会的妥当性)、あるいは自分にとって受け入れるべきなのか(自分への妥当性)を考えられることが重要である。そして、それができるということが、成熟であり、大人になるということである。

 

大人の美容整形が肯定され、子供の美容整形が否定される理由

大人は成熟している。少なくとも、そのようにみなされる。そして、大人である以上、成熟した人間が、自分の価値観に基づいて、整形したほうがよいと考えて手術を受けるのだとみなされる。

そのような大人が、整形手術を受ける判断をするに至る過程とは何か。

当人が、他人や社会から独立した自分の価値観をもっており、その価値観によって自分の容姿を判断する。その結果、自分にとって、整形をしたほうがよりよいと冷静に判断をする。

その判断においては、自分の価値観だけでなく、社会的な価値観も含まれるだろう。社会的により評価される容姿というものは存在する。そういった社会的な価値観と自分の価値観のすり合わせを行い、自分の価値観を、ある程度譲歩した方が、自分にとってメリットがあると考える場合もあるだろう。

それは容姿に限らず、服装や言葉遣い、態度・接し方、キャラもそうである。社会的な価値観、つまり、周囲の価値観による影響は受けるだろう。

だが、最終的に判断するのは自分であり、その譲歩のラインを決めるのも自分である。それを冷静に自分の価値観に則って行えるのが大人である。

つまり、簡単に言えば、大人である以上、よく考えて、整形をするという判断をしたのだとみなされるということである。

反対に、子供であれば、周囲の言葉に傷ついたり、不安定な自我のせいで、よく考え、しっかり判断することが難しい場合が多いとみなされる。だが、大人であれば、他人に流されたり、不安定なまま判断するのではなく、自分の価値観に照らし合わせ、自分で決断したのだとみなされる。それゆえに、大人の決断には、責任が伴うのである。

これが、子供の整形と大人の整形の違いである。

 

美容整形が子供にとって魅力である理由

以上のように述べてきたが、大人が成熟した判断によって整形する場合は、実際には少ないだろうと思われる。実際には、自分の価値観をきちんと形成しておらず、感情的な理由で整形を行う大人は多いだろう。

だが、大人が整形手術を受ける場合、自己責任である。そのため、実際にどうであるかは別として、大人として成熟しているはずだ、とみなされるのである。

つまり、美容整形の客となる人の多くは、年齢は大人だが、精神的には未熟である人が多いと推測される。実際、美容外科の医師が、幼稚であると言わざるを得ない依頼が多い趣旨の発言をしている[2]。このことから、もし、仮に本当に精神的に成熟した大人のみを顧客にするならば、整形のニーズは縮小するのではないかと考えられる。

したがって、美容整形とは、顧客を拡大し、利益を上げるためには、精神的に未熟な人を惹きつけなくてはならない。そしてそれは、必然的に、子供を潜在的な顧客にするということであり、子供に対する広告を展開することになるのである。

このように、整形は精神的に未成熟な人間を惹きつける類のものであり、そして、美容整形を行うクリニックは、それを利用して広告を出すことで、子供を惹きつけるのである。

まとめ

以上、子供の美容整形の議論から、大人と子供の違い、成熟とは何かを論じ、美容整形の顧客についての分析を行なった。

最後に意見を加えるならば、子供が整形をしたいと言ったとき、それが一時的な感情の問題なのか、本当に当人が望んでいるのか、当人の見た目に対する価値観は妥当なものなのか、といったことを親や医者が総合的に考えて、許可をするかしないかを決めるべきなのだろうと思う。

 

注釈

[1]参照:https://www.mbs.jp/news/feature/specialist/article/2024/07/101377.shtml#:~:text=%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%AE%B9%E6%95%B4%E5%BD%A2%E3%82%92,%E3%81%8B%E3%81%A8%E8%A9%B1%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

[2]https://www.youtube.com/watch?v=ysxFVFt-ZVw