- 2026年2月8日
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人格と思想を切り離して人と付き合う難しさ
よく、日本人は、人を判断する際に、その人の思想と人格を切り離して考えることができないと言われる。 だが、どうやら、それは、日本人だけではないようだ。 なんなら、アメリカの方が、その傾向があるとすらいえるデータがある。 https://www.apa.org/pubs/reports/stress-in-america/2024/2024-stress-in-americ […]
日常生活で考えたことを「思考の種」としてエッセイ風に記述したものです。
後に、現代社会分析として、より発展的に展開されていきます。
よく、日本人は、人を判断する際に、その人の思想と人格を切り離して考えることができないと言われる。 だが、どうやら、それは、日本人だけではないようだ。 なんなら、アメリカの方が、その傾向があるとすらいえるデータがある。 https://www.apa.org/pubs/reports/stress-in-america/2024/2024-stress-in-americ […]
明らかにするべきことなのに、他者の目を気にしてできない行動、あるいは、ハードルが高い行動がある。 たとえば、電車で席を譲ることはその筆頭だろう。 他にも、自分のためにやるべきなのに、他者の目を気にして、勇気が出ないこともあるだろう。 だが、大体の場合、実際にその行動をしたとしても、何も起きない。 他者から何か言われることもない。 だから、やることは確実に善だし、やらない理由がないのだ。 それなのに […]
AIを使っていると、間違った答えを出すことがある。いわゆる、ハルシネーションというやつである。 それで、「何か怪しいな、これ間違ってんじゃない?」となると、結局、AIが合っているのか確かめるために検索することになる。 だったら最初から検索すればいいじゃんと思うのだが、多分、最初からは調べなかった。AIが合ってるか怪しい答えを出してきたから調べる気になったのだ。つまり、確かめるためになら、検索する気 […]
ステレオタイプという言葉がある。 意味は、「国籍や人種などの特定の属性と結びついている先入観」といったようなニュアンスだ。このステレオタイプは、「アジア人だから数学が得意でしょ?」のように、偏見や差別の温床として捉えられている。 その理由は、なぜか?日本人だからといって必ずアニメを見ているわけではないように、ある属性をもつ人にも、色々な人がいる。 その人を個性ではなく、ステレオタイプで扱うことは、 […]
2026年1月3日、アメリカはベネズエラを攻撃し、ベネズエラ大統領夫妻を拘束し、アメリカに移送した。 この衝撃的な出来事を通して考えてみたいのは、この件が、正義という理念の形骸化を新たなフェーズに進めたのではないかということである。 言い換えれば、国際政治の場がより露骨に、剥き出しの弱肉強食の原理で動き出したのではないかということである。 前提情報 アメリカの今回の行動に対する善悪の […]
教養という言葉がもてはやされ、教養という言葉を冠した書籍が店頭に並び、人々がそれを買い求めるという現象が、ちょっと前まであったように思える。 それが一時のトレンドなのか、それとも永続的な現象なのかはわからないが、人は「教養」という文字に惹かれるらしい。あるいは、それがもつ「頭が良さそうな」雰囲気に惹かれるのかもしれない。 しかし、教養には、同時に、古臭い雰囲気もある。そこにはなんとなく、昭和、ある […]
ネット上でも、リアルの場でも、「承認欲求」は何かと批判されがちである。 確かに承認欲求が目に余るような投稿や言動は見かけることがあるし、そういったものは批判され、煙たがられるが、そもそもあらゆる発信や職業は、誰かに認められたいという承認欲求に少なからずもとづいているはずだ。 だとしたら、批判される承認欲求と、肯定される承認欲求の違いは何なのか。いわば、承認欲求の善悪について考える。 […]
judgmental (ジャッジメンタル)という英語がある。これを日本語に訳すと、「過度に批判的な見解を持つ、または示すこと」という意味で、おそらく、主に、人に対して使われる単語だろう。 この英単語を知ったのは、この動画[1]を見たときだ。 この動画では、次のような教訓・格言が語られている。 もしあなたが誰かの家に招かれて、その家の汚れが目についたならば、あなたは二度と […]
今回は、あらゆるところに溢れるメタ的視点を分析する。 そして、メタ的視点と、「エモ」や「ビジュ」のつながりについても考察する。 メタ化の例 ここでは、メタ視点で何かを捉えることを「メタ化」と呼ぶ。メタ化は、日常的にもよくみられる。 例えば、 「こういう何気ない日常が大事だよね」 「こうしていられるのもあと一年か」 「これ映画みたい」 「漫画だったらアツい展開だよね」 こ […]
「いいね」をもらおうとするコメント 近年、SNSのコメント欄、特にYouTubeのコメント欄は、評価されるためのコメントばかりのように思える。 顕著なのが、大喜利のようなコメントである。あるいは、音楽だったら、「〇〇年でも聞いている人!」というようなコメントである。他にも、無限にパターンがあり、そのどれもが、「いいね」をもらうこと、すなわち評価されることを期待したコメントである。 こ […]