【ネタバレ考察】『変な絵』各事件と、その伏線、面白い点についての解説【書評】

前編の記事に続いて、『変な絵』の主要な事件の概要と、伏線、面白い点について解説する。

この記事を読むと、『変な絵』に登場する事件について、その内容をざっくりまとめて知ることができ、その事件がどのような構造なのか、どういう伏線があるのか、何が興味深い点なのかについてわかるようになっている。

では、解説を始める。

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事件①直美の母親殺害

(イメージイラスト)

事件概要

序章にて、上のような、一見すると普通そうな絵が登場する。だが実際、この絵を描いたのは、11歳で母親を殺した女の子であり、よく見るとこの絵には、奇妙な箇所がいくつかあると、当時、女の子を診察したカウンセラーは指摘する。

まず、女の子の口をよく見ると、何度も描き直した跡があった。これは、女の子がうまく笑わないと虐待されるというトラウマによるものだ。

そして、ドアのない家は、彼女の心が閉ざされていることを表している。

また、幹の中に鳥がいる木の枝が尖っているのは、攻撃心の表れである。

この絵を見たカウンセラーは、このように女の子の精神を分析する。

だが、同時に、木の中にいる鳥に着目し、女の子に、弱いものを愛し、守ろうとする健全な精神があると認めた。

 

序章では、この絵を描いたのが、とある11歳の女の子で、その子が母親を殺したこと、そして、その後無事に成長し、母親として幸せに暮らしているということだけがわかる。

最終章にて、その女の子というのが、実は、今野直美であり、本作の黒幕であったことが明かされる。

 

最終章にて、直美が健全な大人になったと思っていたカウンセラーが、直美が数々の殺人を犯していたことを知ったとき、動揺すると同時に、この絵のもう一つの解釈に思い至る。

それは、幹の中に鳥がいる木の枝が、外に向けて尖っていたのは、その鳥を守るためだったのではないか、つまり「弱い生き物を守るためなら、いくらでも外敵を傷つけることのできる人格」(p.276)を表していたのではないか、というものだ。

伏線と面白い点

この絵は、作品全体を通しての伏線となっている。

序章にて、この絵は、これから登場する絵と隠された謎を解くためのチュートリアル的な立ち位置で登場する。

そして、序章のなかで、この絵の謎がすでに解かれたかのような解釈を提示しつつ、最終章にて、カウンセラーのもう一つの解釈が提示され、伏線が回収される。というより、この絵が伏線だったのだと気付かされる。

このような、最初に絵自体は提示されていて、その見方・解釈を変えることが、伏線の回収になるという仕掛けには、一本とられた。これは、非常に面白い仕掛けだろう。

 

事件②義春・岩田殺害

(イメージイラスト)

事件概要

事件の経緯は、直美が武司に暴力的なしつけをする義春に対して殺意を覚え、義春が登山をする機に乗じて殺害した、というものである。そして、その後、記者として義春の死を調べていた岩田が、事件の検証のため義春と同じように登山したところ、事件発覚を恐れた直美に殺害されてしまったのだった。

この事件は、どちらかというとホラー・スリラーというよりも、推理ものである。その肝は、アリバイトリックである。

以下、義春殺しのトリックをまとめる。義春の行動を簡潔に図にまとめると以下のようになる。

 

時刻義春の動き容疑者のアリバイ
13:10豊川と合流→スーパーで弁当・カツサンド・あんぱんを購入
13:30登山開始
14:00アリバイ時刻開始
14:304合目到着 食事をし、スケッチする
15:30豊川と別れ、登山再開
16:006合目付近で最後に目撃される由紀のアリバイ
17:008合目到着?→殺された?4合目での食事から2時間半経過
18:00直美のアリバイ
20:00アリバイ時刻終了
次の日
6:00直美のアリバイ
9:00義春の遺体発見

 

ポイントは以下の通りである。

義春は、当日購入したもののレシートの裏に、8合目から見える山並みをスケッチをしたものを残した。

義春の遺体は、200ヶ所以上の刺し傷や殴打痕があり、損傷がひどく、死亡推定時刻が胃の中の内容物の消化具合によってかろうじて判断できた。義春の胃の中には、消化途中の弁当があり、検死の結果、その弁当を食べてから、2時間半後、つまり、17時頃殺害されたと判断された。

このような残忍な犯行を行うということは、容疑者は義春の知人に絞られる。それは以下の3人である。

義春の友人で、4合目まで一緒にいた豊川。

義春の妻、直美。

義春の教え子、亀戸由紀。

そのうち、アリバイがあるのは、直美と由紀だ。直美には18時と翌朝6時にアリバイがあり、由紀には16時にアリバイがある。

義春が17:00に死亡したのであれば、少なくとも町から山の8合目まで片道3時間はかかるため、14:00から20:00の間に、町でのアリバイがあった二人は犯行不能である。

であれば、残った豊川が犯人か。そう警察も考えたが、証拠も動機も不十分で、逮捕されなかった。

義春殺害のアリバイトリック

この事件の鍵は、前述したように、アリバイトリックである。そして、そのトリックは、死亡推定時刻を誤魔化すことによって可能になった。

犯人は、義春を何度も殴り、死亡推定時刻を、胃の内容物からしか割り出せないようにした。そして、胃の内容物からわかるのは、正確には、「弁当を食べてから何時間経ったか」である。

確かに、義春は、14:30に弁当を食べた。だが、それが完全に消化されたあとに、もう一度犯人によって、無理矢理弁当を食べさせられたなら、アリバイは操作できる。

では、何時に犯行が行われたのか。その手掛かりが、レシートに描かれた山並みのスケッチである。スケッチされた山並みは、綺麗にはっきりと描かれていた。仮に犯行が夕方ならば、逆光ではっきりとは見えない。であれば、朝方、朝日のなかで描かれた絵だ、と考えられる。

そこで、朝にアリバイのない由紀が犯人のようにも思える。

だが、実際は、そのスケッチを犯人が持ち去らなかった=犯人にとって有利な証拠だったのだ。なぜ有利なのか。それは、実際に犯行が行われたのは夜中であり、そのスケッチは、夜中に、義春の記憶によって描かれたものだったのだ。

なぜ義春がそんなことをしたのか。それは、自分が直美に殺されることを知った義春が、直美が逮捕され、息子の武司が一人きりにならないように、と犯人の直美を庇ったからなのであった。

伏線と面白い点

この事件の肝は、胃の内容物の消化具合を使ったアリバイトリックである。弁当をもう一度食べさせることで、死亡推定時刻を錯覚させるというものである。

そして、一見、犯人の手掛かりになりそうなスケッチが、実は犯人を庇っていたというところも面白い。これは、ミステリーの仕掛けとしても、義春が息子・武司を愛していたことを示す上でも、優れた描写であり、面白い。

事件のディティールは、フィクションだということを加味しても、やや無理がある。たとえば、本当に死亡推定時刻の細工が警察に通じるのか、また、直美が弁当を購入したことや山に移動したことがバレずに済むのかといった問題はある。

だが、あくまでも謎解きという観点で面白いのは確かだし、自らが死に面していながらも子供のためを考えた義春や、子供のためなら残虐な殺しを平気でやるという直美の人格を巧妙に描いているだろう。

 

事件③由紀の殺害

この動画(作者公式)に、5つの絵が登場する。この事件に関しては、この動画を見るとわかりやすい。

事件経緯

事件の経緯は、父・義春が死んだあと、武司は偶然再開した亀戸由紀と恋仲になり、結婚する。そして、子供を身籠る。直美は、そんな息子夫婦を最初は祝福していたものの、由紀が身籠ってから考えが変わり始める。このまま子供が産まれたら、自分はただのおばあちゃんになってしまう。直美は、母親でありたかった。

今までの事件とは異なり、今回は、直美は由紀を直接的には殺さなかった。直美は自身が助産師であるという立場を利用して、由紀に塩の入ったカプセルを飲ませ、運が悪ければ、出産時に死亡するリスクを上げるという方法をとった。そして、運悪く、由紀は死んでしまった。

「七篠レン 心の日記」ブログの謎

この事件の謎と絵は、武司がやっていたブログに上げられていたものだ。

武司は日常の出来事を日記としてブログに書いていた。由紀が妊娠したことも、お腹の子供が逆子であったことも、そのブログで報告している。そして、由紀が出産時に亡くなったことも書かれている。

そのなかに、由紀が描いた絵が5枚上げられていた。

そして、ブログの最後に、「一番愛する人へ」というタイトルの記事が投稿されていた。その内容は、「あの3枚の絵の秘密」に気づいたこと、「あなたを許すつもりはない」こと、「それでもあなたを愛し続けること」が書かれていた。

では、その3枚の絵の秘密とは何なのか。

ブログの絵の謎

まず、3枚の絵とは、「赤ちゃんの絵」、「女性が立っている絵」、「祈る老婆の絵」のことである。これらの絵は、由紀が、生まれてくる赤ちゃんの将来の絵を描いた、としたものである。

だが、これらの絵は、重ね合わせることで、別の絵が生まれるのである。

まず、3つの絵には、すべて番号が振られており、その番号の大きさを揃えて、3枚の絵を印刷し、絵を切り抜く。そして、番号の部分を軸にして重ね合わせると、3枚の絵がちょうどぴったり合わさって、一つの絵が現れる。

それは、老婆が赤ちゃんを女性のお腹から引き摺り出している絵、である。

「一番愛する人へ」の意味

この組み合わせることで生まれる絵は、由紀が、直美の殺意に気づいており、自分が殺されるであろうことを予見して作った絵である。

では、なんで絵にその謎を込めたのか。それは、ブログの最後の記事のタイトルが「一番愛する人へ」というものだったことからわかる。

この最後の記事の時点では、由紀はもう死んでいる。そして、罪を犯したのは直美である。つまり、武司の言う「一番愛する人」とは、直美のことなのである。

由紀は自分が殺されると分かっていながら、武司が直美のことを、おそらく由紀以上に愛していたため、直接言うことができなかったのである。ゆえに、絵に込めてそれを伝えようとしたのである。

面白い点・伏線

この謎の面白いところは何といっても絵を組み合わせるという点にあるだろう。

そもそも最初からどこか怖い雰囲気のある絵なのだが、それらが組み合わされることで、母親のお腹から赤ちゃんを引き摺り出す老婆というより恐ろしい絵が生まれる。

同時に、組み合わせることで、一つ一つの絵が、どこか怖い雰囲気である理由がわかる。その理由は、絵の女性は、実は出産時に死んでしまった由紀であり、絵は死体を描いていたからである。

おそらく、本書において、絵の謎としてもっとも完成度が高く、怖いのは、この謎である。

この絵は、本書の冒頭、第1章に登場する絵である。そして、その時点では、それぞれの人物の背景は分かっていなかった。この絵の謎を解いただけでは、どうやら出産時に亡くなった女性が、自分が殺されることが分かっていながら、それを絵として伝えることしかできず、ブログの投稿主が、その真実に数年後に気づいたということだけしかわからない。

つまり、このブログの絵の謎が、本書全体の謎の入り口的な役割を果たしているのである。この構造もまた、非常に面白い。

 

参考文献

雨穴著 『変な絵』 双葉社 2022年