最近では、さまざまな動画がネット上で見られる。だから、本を読まなくても知識を得られる、と主張する人は多い。
だが、動画には特有のデメリットがある。それは、動画には、口調や喋り方、表情に感情がのることである。
これは、動画ならではのメリットでもあるが、デメリットでもあるのだ。
動画のデメリット
①感情の伝染
まず、動画では、視聴者に対して、出演者の感情が直に伝わる。それは、動画には、その人の顔と声がそのまま出ているからであり、視聴者は、それを受動的に受け入れるからだ。
感情が直接伝わることには、良い点もあるが、悪い点もある。
人は他人の感情に影響を受ける。他人が笑っていると、思わず笑ってしまうことがある。人が熱量を込めて話すと、その熱量に感化され、それがすごいことに聞こえることがある。
このように、感情ののった話は、人を感情的に動かす。しかも、人はそれに対して、無自覚であることが多い。
これがポジティブな感情ならば、人を元気付けるだろうが、ネット上にはネガティブな感情を煽る動画が多くある。それは、人がポジティブな情報に比べて、ネガティブな情報により反応するからである。[1]ネガティブな感情に感染することは、精神衛生上よくはない。
また、仮に、何らかの意見に賛同させる意図をもって、視聴者を感情的に動かそうとするような動画があれば、その視聴者は、無自覚なうちにその感情に伝染し、その意見に染まりかねない。
動画には、このように、感情が伝染しやすいことによるデメリットがある。
②内容の薄さのごまかし
感情は、それっぽい雰囲気を作れるし、説得力をもたせることもできる。一生懸命な説得は、とくに根拠がなくても信じてみたくなる。紙に書けばなんて事のない発言も、言葉巧みな人が感情を込めれば、格言のように聞こえたりする。
このように、感情は、中身の薄さや論理の破綻を隠しうる。
動画は、そういった感情によるごまかしをしやすいのである。
本のメリット
本には、このような動画のデメリットに対抗する長所がある。
①想像力というフィルター
よく言われるように、本を読むには、想像力を使う必要がある。そして、想像力を使うことは、ある程度、能動的なことである。
つまり、本に書いてある内容や込められた感情は、動画のように、受動的に視聴者に直接そのまま流れ込むことはない。一旦、能動的に、想像力を働かせる必要があるのである。そして、そのとき、想像力が、本の内容や感情からのフィルターとしての役割を果たすのである。
②内容を誤魔化せない
また、本は内容を誤魔化すことができない。
動画であれば、感情や勢い、雰囲気で聞かせることはできる。だが、本は、それが文字になっているがゆえに、そういった演出的なごまかしが通じにくい。
そして、本の場合、読者が自分が理解できるペースでじっくり読むことができる。
動画であれば、動画の流れがあるため、多少理解が追いつかなくても、一々止めたり、巻き戻すことは少ないだろう。
だが、本は、読者が好きなペースで読むことができるため、より理解に時間をかけることができる。
そうなると、読者がより内容を吟味することになる。論理的な矛盾や、内容の乏しさといった粗は、すぐに気づかれてしまうのである。
まとめ
動画の特徴は、そこに出演者の感情が全面に出ること、そして、一連の流れがあることである。それは、視聴者をより受動的にし、内容に対して、受容させやすくする。
一方、本は内容と受容の間に、想像力という能動性が挟まる。そのため、内容から距離を取ることができ、感情の感染を防ぎ、内容をじっくり吟味できるのである。
注釈
[1]これは、ネガティビティ・バイアスという。詳しくは、以下の記事を参照。SNS上ではさまざまな情報が飛び交っている。それらは、単なる情報なのではなく、発信者の感情や立場を背景に、加工された情報であることが多い。同様に、従来のメディアである新聞やテレビも、長らくそのような加工をしてきたことが、視聴者の知るところに[…]